異業種で営業変革と女性社員の育成を目指すプロジェクト・新世代エイジョカレッジ(エイカレ)は、2014年のスタートから現在までに、のべ104社、661人にご参加いただいております。約半年間のプログラムの中で、参加者は生産性向上と顧客価値の創造につながる『実証実験』を行い、課題解決に向けた提言を実施。これまで数々のイノベーションを創出してきました。
毎年、プログラムは総括の場となる「エイカレサミット」で幕を閉じます。2020年2月13日に開催された「エイカレサミット2019」では、ライフネット生命を創業され、現在は立命館アジア太平洋大学(APU)の学長でいらっしゃる出口治明氏にご講演いただきました。
激流の変化の中で、私たちの現在位置はどこか。そして、このような時代において、組織マネジメントやリーダーシップに求められるものは何か。出口氏にお話しいただいた内容を、全3回のレポートでご紹介します。
人間は世の中をフラットに見ることが苦手
どんな物事を考えるにも、「現状分析」が大事です。そのためには、周囲の世界をフラットに見なければいけない。しかし、人間は全員「色メガネ」をかけています。自分の価値観や人生観を通して世界を見てしまう。つまり、人は世界を素直に見ることが苦手なのです。世界をフラットに見ようと思ったら、そのための方法論が必要になります。僕はその方法論を、【タテ・ヨコ・算数】と呼んでいます。
出口流【タテ・ヨコ・算数】思考とは
タテ:歴史を紐解き昔の人の意見を聞くこと
ヨコ:世界の事例に視野を広げること
算数:実際のデータ、ファクトを見ること
たいていの問題は、【タテ・ヨコ・算数】で考えたら分かります。例えば、日本の夫婦別姓の問題を、【タテ・ヨコ・算数】で考えてみましょう。
僕は中学校で、「源頼朝は北条政子と結婚して鎌倉幕府を開いた」と習いましたので、日本の伝統は夫婦別姓がベースです。世界を見れば、OECDと呼ばれる37の先進国の中で、法律婚の条件として夫婦同姓を強制している国は、日本を除いて皆無です。
このように、タテ・ヨコの2つのファクトで見れば、「夫婦別姓にしたら家族の形が壊れる」などと言っているおじさんやおばさんは、単なる不勉強か、イデオロギーや思い込みの強い人だということが一発で分かります。
現在位置が分からない日本人
どんな問題も、【タテ・ヨコ・算数】で見ることが大事です。この中でも特に【算数】、つまり、データ・ファクトで見るということが重要、エピソードではなくエビデンスです。こちらも、例を挙げて考えてみましょう。
欧米の経営を強欲な資本主義だとし、「三方よし」の日本型経営が世界を救うと言っているおじさんやおばさんがいます。データを見てみましょう。日本はこの30年間、正社員の労働時間は2000時間で全く減らず、経済成長率は1%あるかないかです。
日本はすぐにアメリカと比較します。しかし、似たものは比較する意味がありますが、国土も人口も資源も規模が日本と全く異なるアメリカと比較することが、本当に意味のあることでしょうか。僕は、資源があまりないことや人口規模の観点でドイツやフランスを見た方が、はるかに意味があると思っています。そして、ドイツやフランスは、1400時間で2%成長を遂げています。長時間働いても儲からないというこのエビデンスから見える答えは、「日本のマネジメントはまずい」という答え以外にはないです。
平成の30年間を、エビデンスだけで見てみましょう。日本はGDPのシェアが半減し、国際競争力ランキングは1位から30位に落ちました。また、平成元年の時価総額の世界トップ企業ランキング上位20位の中で、日本企業は14社を占めていました。今はゼロです。これは全部、データ、つまり、エビデンスです。
これらのエビデンスを見れば、「日本、ちょっとしんどいよね」という答え以外にはないわけです。エピソードではなく、エビデンスで見ないと自分の現在位置は分かりません。
エピソードへの固執によって時代に逆行してしまった日本
この30年間で、日本が世界トップから転落した原因も分かっています。端的に言えば、GAFA(Google/Apple/Facebook/Amazon)に代表されるような新しい産業を生み出せなかったこと。
では、なぜ日本は新しいサービス産業を生み出せなかったのかというと、こちらの理由も分かっています。ほとんどの学者が、新しいサービス産業を生み出すためのキーワードとして、①女性・②ダイバーシティ・③高学歴の3つを挙げていていますが、日本は3つとも時代の流れに逆行する動きを選択してしまったことです。
新しいサービス産業を生み出すための3つのキーワード
①女性比率:組織の意思決定層における女性比率
②ダイバーシティ:多様な価値観を持つ人で構成される混合チームであること
③高学歴〜継続学習:学び続ける人材の集団であること
日本は、かつて戦後の高度経済成長を牽引した製造業の成功エピソードに固執してしまった結果、世の中をエビデンスでフラットに見ることができず、新しいサービス産業を生み出すための3つのキーワードの全てにおいて大きく遅れています。
戦後の高度成長期は、「工場モデル」でモノは作れば作るだけ売れる時代。工場を最大限に稼働させるために、企業は学歴よりも均質的な人材確保に動き、大学院卒は冷遇されました。また、配偶者控除や第3号被保険者制度に後押しされ、男性は外で働き女性は家事と育児を切り盛りするという性別役割分業が進みました。
世界経済フォーラム(WEF: World Economic Forum)の「ジェンダー・ギャップ指数」(the Global Gender Gap Report 2020)では、世界153カ国中121位。終身雇用・メンバーシップ重視の日本型雇用システムの中で、企業の経営層は特定の年代の男性のみで構成されています。サービス産業のユーザーは、どんな統計をとっても女性が7割。マーケットは女性が中心なのに、供給サイドにはおじさんしかいない。シンプルに言えば、日本企業を牽引していると自負する50-60代のおじさんたちに「女性のほしいものが分かるか?」と聞いても、分かるはずがないということです。
また、僕は日本人が学ばなくなったのは、日本型雇用のせいだと考えています。採用時に、大学でどれだけ学んだのかは重視されない。学生の方も、良い企業に就職するために大学を選び、受験勉強は頑張るものの入学後は全く勉強しない。企業に入れば、長時間労働によって新しいことを学ぶための時間が取れなくなる。このような悪循環の中で、新しいアイデアを生み出せる人材が育つわけがないですよね。
日本社会は、製造業の工場モデルに過剰適用し、そこから抜け出せなかった結果、新しいサービス産業を生み出すことができなかったのです。
僕は、日本の製造業は品質も生産性も高く、国の宝だと思っています。しかし、一方で、GDPに占める製造業の割合は下がり続けています。このような流れの中で、製造業がこれからも日本全体を引っ張っていけるはずがなく、新しいサービス産業を生み出していくほかに、生き残る道はないのです。